家族の影響で建築に興味をもち、工業高校へ入学し、モラトリアム的に進学を希望し推薦で大学へ。半ば留年とも言える休学を挟み、5年間通った大学の工学部をこの春卒業した。

工業高校ではあまり触れることの無かった建築史という分野を専攻し、より文系にも近しい領域に接した。といいつつも研究では図面を幾何学的にも捉えることが求められ、理系的・工学的側面も持ち合わせていたのだけれど。

そして大学生活では一人暮らしを経験した。一人は独りでもあり、当初は寂しい思いをしていた。他方で、地域活性化を目的とするような課外活動への参加などを通して仲間意識が芽生えたことも記憶に強く残っている。その集合住宅での暮らしは研究や建築の学習との間で相互に刺激し、学びや経験のレイヤーが増す機会になっていたと思う。また、寂しかった生活は自由な生活とのトレードオフでもあり、それ自体は個人的に臨んでいたことでもあったが、同時に、自己のコントロールに苦慮もした。

その影響もあり適応障害という精神疾患を患うことにもなった。休学以降、大学生活終盤は通院を名目とする月毎の帰省の機会に恵まれ、特に家族の支えを身をもって実感することになった。それは精神的な支えでもあり、論文執筆等を最後まで駆け抜けるための大きな大きな原動力になった。

卒論は学部内における賞を頂くことができた。いろんなところでも書いてきたが、もう一度書きたい。同級生のみんな、先生方、関係者の皆様、そして家族。本当にありがとうございました。

進路は未定である。未だ晴れぬ視界の先、いずれの道に進もうと、この学校で身に着けた視座や考え方それ自体が大きく役に立つと感じている。重ねて、ありがとうございました。